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アメリカの英雄

 あの悲しい事故から、もう5年の歳月が流れました......。

 アメリカン・モータースポーツ史上に輝くスーパーヒーロー"Dale Earnhardt(本名ラルフ・デイル・アーンハート/以下デイル・アーンハート)"が、レース中の事故により亡くなられたのは、2001年の2月18日

 当時はまだNASCARウィンストンカップと呼ばれていたストックカーレースの開幕戦で、その悲しい事故は起きたのです。

 ワタクシにとって世界中でもっとも敬愛していたドライバーのひとりであり、もちろんアメリカ合衆国を代表するスーパーヒーローでもあった彼の死は、今でも忘れることのできない衝撃的なものでした......。

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 日本ではほとんど知られていませんが、アメリカ国内におけるNASCARのポジショニングは、NFL(フットボール)やMLB(メジャーリーグ)、NBA(バスケットボール)などと並ぶ、とても人気の高いモータースポーツです。

 すべてのレースが全米ネットで生中継されているのはもちろん、高視聴率を誇ることからシボレー、ポンティアック、フォード、ダッジのアメリカンメイクスに加え、来年からはトヨタも参戦する予定です(*昨年まで、トヨタはNASCARクラフツマントラックに参戦していましたが、2007年からは最高峰のネクステルカップに参戦を発表)。

 高い人気を象徴するように、トップドライバーへ与えられる賞金も年間500万ドル(約6億円)以上。事実昨年のシリーズチャンピオンであるトニー・スチュワートが獲得した賞金は698万7530ドル(約8億円)となりました。

 このように全米中から大きな注目を浴びているNASCARは、その放映権料も天文学的なものとなり、昨年ABC、FOX、TNTの3社が支払った金額は合計で576億円にも上るそうです。

 デイル・アーンハートは、このように全米中が注目を浴びせるNASCARの最高峰ウィンストンカップ(現ネクステルカップ)で、史上最多となる7度のシリーズチャンピオンに輝いた、まさにスーパースターでした。
 
 その生涯通算成績は676戦・76勝。ゼッケンは「#3」、別名「イントゥルーダー(脅迫者)」。

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 口髭にサングラス、常に腕組みをしているポーズに加え、「脅迫者」なんていうニックネームからすると、まるで悪役キャラのように思えてしまうかもしれませんが、実際はとても紳士的なドライバーであり、また良き父親でもあったと記憶しています。

 残念ながら何度か訪れたウィンストンカップの取材では、直接インタビューをする機会にこそ恵まれませんでしたが、ピットで見かけた素顔と、真っ黒なモンテカルロが疾走していく姿が、今でも脳裏にこびり付いています。
 
 そんな彼が悲しい事故で亡くなったのは、前述したように2001年2月18日、ストックカーレースの開幕戦「DAYTONA 500」のレース中でした。

 この年、開幕戦の取材にいけなかったワタクシは、自宅で総走行距離800kmにも及ぶ500マイル・レースの中継をケーブルTVで見ていたのです。

 レース終盤、チームメイトのマイケル・ウォルトリップと、息子のデイル・アーンハートJr.が1位、2位を快走し、その後方3番手についていたデイル・アーンハートは、まさに息子とチームメイトの表彰台入りをしっかりとサポートするべく、後続のマシンをブロックしながら、残りわずか数周を走りきろうとしていました。
 
 その姿を見ながら、「オヤジ頑張っているなぁ。息子をDAYTONA 500の表彰台にあげるべく、しっかりブロックしてるぞぉ」なんてつぶやきつつ、ブラウン管に見入っていたのを思い出します。

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 事故はレース最終周、第4ターン付近で起きました。突然ふらついたデイル・アーンハートのマシンは前輪のグリップを失い、そのままコンクリートウォールに激突。壁に張り付いたまま止ったのです。

 後に衝突時の速度はおよそ200km/hであったこと。事故の衝撃により頭部に損傷を受け、ほぼ即死状態だったこと。そして、原因は不明ですが、シートベルトの一部が切れていたことなどが報じられました。
 
 記憶によればTV中継は先頭の車両(マイケル・ウォルトリップ)がチェッカーを受けるのを追いかけており、デイル・アーンハートの事故の様子に関してはゴール後のわずかな放映残り時間の中で、何度か解説者が報告していた程度。番組中では「大事に至らなければいいですけどね」といいながら、中継が終了してしまったのを覚えています。
 
 実際、衝突時の映像を見た限りでは、NASCARでは良く見る単独事故で、たいしたことはないだろうと思える光景だったのです。

 訃報を受け取った時も、「まさか?」と思わず疑ってしまったほど。しかし、デイル・アーンハートの死は紛れもない事実だったのです。

 その後は日本にNASCARの存在を伝えた媒体の責任として、デイトナ誌上にて追悼特集の手配を行い、原稿の一部を担当させていただきました。

 さらに事故から半年ほどたった頃、ワタクシは彼の墓前に献花を掲げるために、生家のあるノースキャロライナ州カナポリス市へ向かったことを思い出します。

 あれからもう5年......。忌まわしき事故を振り払うかのように、今年もDAYTONA 500が開幕します

 DAYTONA 500で二度とあのような事故が起こらないことを願いつつ、永久の眠りについた故デイル・アーンハートの御冥福を謹んでお祈りいたします。合掌......。

◎nascar.comにてデイル・アーンハートの追悼特集が掲載されています。御覧になりたい方はここからどうぞ。

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▲デイル・アーンハートの息子であるデイル・アーンハートJr.が、現在NASCAR最高峰のネクステルカップに出場中。昨シーズンは1勝しか上げられず、総合19位。今年の活躍に期待したいところ。

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▲2001年のDAYTONA 24時間耐久レースでの1カット。コルベットC5-Rを駆ったチームは、デイル・アーンハート、デイル・アーンハートJr.、アンディ・ピリグリム、ケリー・コリンズというアメリカン・ルマンシリーズ&NASCARシリーズの混成メンバーで参戦し、見事にクラス準優勝(チームメイトのC5-Rは総合優勝)。デイル・アーンハートが親子でチームを組んで参戦したのは、おそらくこれが最初で最後だったのではないかと思います。

【関連する記事】
●2006年度NASCARネクステルカップ・スケジュール

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